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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)884号 判決 1986年1月28日

亡関武豊訴訟承継人 原告 関武躬

右訴訟代理人弁護士 小林正彦

被告 飯島政次

右訴訟代理人弁護士 井上章夫

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録一記載の建物を収去して同目録二記載の土地を明渡せ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、二項同旨

2  仮執行の宣言

二  答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  訴訟承継前の原告である亡関武豊(以下「武豊」という。)は、昭和三〇年五月二四日、被告に対し、武豊の所有する別紙物件目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)を、非堅固建物所有を目的とし、期間は二五年、賃料は月額一、六〇〇円(その後改訂されて現在四万九、六〇〇円)、との約で賃貸し、引渡した。

2  被告は、本件土地を敷地として、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、木賃宿「あしかわ荘」を妻と共に経営して現在に至っている。

3  武豊は、本件土地賃貸借の期間満了日である昭和五五年五月二四日に先立ち、被告に対し、本件土地賃貸借の更新拒絶の意思表示をした。

右更新拒絶には次の正当事由がある。即ち、

(一) 本件建物は甚だしく老朽化しており、高令に達した被告夫妻が家政婦を使用して木賃宿経営を継続しているが、業績は極めて不振である。のみならず、本件土地周辺の地域性は一変して中高層建物の集中する地域になっており、老朽化した低層木造木賃宿は、外見的にも経済性の点でも、周辺の状況と全く調和のとれないものとなってしまっている。

(二) 武豊は、本件土地上にビルを建てる意向であり、被告夫婦の老後のためにビルの一部の区分所有権を提供する意思があり、最終的には決裂してしまったが、被告との間では何度か交渉を重ねて来ている。

4  武豊は、昭和五九年一二月一四日死亡し、原告がこれを相続した。

5  よって、原告は、被告に対し、本件土地賃貸借契約の終了を理由として、本件建物を収去して本件土地を明渡すよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  第1、2項の事実は認める。

2  第3項の事実中原告がその主張のとおり更新拒絶の意思表示をしたことは認めるが、その余の主張は争う。被告は本件建物での営業継続を強く希望しており、また、被告らの健康にとっては、ビルの一角に居住するよりも、木造家屋に居住する方が望ましい。

3  第4項の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1、2項の事実及び第3項の事実中更新拒絶の意思表示がなされたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、右更新拒絶に正当の理由があるか否かについて判断する。

《証拠省略》によれば、本件土地は都市計画上容積率五〇〇パーセントの防火地域と指定された地域内にあり、その周辺では近時土地利用の高度化が進み、中高層のマンション等が陸続として建てられていること、原告方では、本件土地賃貸借の期間満了に当り、本件土地とこれに隣接する原告所有のアパート敷地の両地を敷地として、同地上に住宅公団の民賃制度を利用して五階建マンションを建築することを計画し、被告に対しては、その夫婦の老後の生活に支障のないように、右ビル全体のほぼ四分の一に相当する二階フロアーの大部分の区分所有権を譲渡する旨申出て、被告ら夫婦も当初かなり乗気であったが、結局これを拒絶するに至ったこと、なお、被告は、本件更新拒絶後、毎月賃料として四万九、六〇〇円を供託していることが認められる。

一方、《証拠省略》によれば、本件建物の内部は、旅館として使用に耐えないという程ではないにしても全体として相当に疲弊した状態にあることは否めず、木造二階建の中古建物は、前記認定のとおり中高層ビル街と化しつつある周辺との調和を損うものとなっていること、被告の経営する「あし川荘」は、本来行商人などを顧客とし、宿泊のみを目的として食事の提供をしない簡易旅館であるが、近時、近隣に新しいビジネスホテル等が建てられたこともあって、利用客も少なくなり、女性従業員一人を使用して細々と営業を続けていること、被告は八〇歳を超える高齢で、かつ、病気がちであることもあって、永年住み慣れた本件建物で生涯を全うすることを強く希望しているが、やがては右程度の営業を継続することも困難となることは必至であり、また、被告の子供らも皆それぞれ独立して定職を有しており、被告の旅館営業を引継げる状態にはないことが認められ(る。)《証拠判断省略》

以上認定したところからすれば、原告側の本件土地のより高度な利用を図りたいとの事情は、その地域性からしても社会経済上の利益に合致するものというべきところ、被告側には現状を維持することにそう大きな利益があるとはいい難い情況にあるものといわざるを得ず、右双方の事情を彼此勘案するときは、老境にある被告の本件建物から離れ難いとの心情は、それとして理解し得ないではないが、原告側の社会経済上の利益にその座を譲らざるを得ないものというべきであって、武豊のなした本件土地賃貸借の更新拒絶には正当な理由があるものと認めるべきである。

三  しかして、武豊が昭和五九年一二月一四日死亡し、原告がこれを相続したことは当事者間に争いがない。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 落合威)

<以下省略>

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